ゴウさんの水虫。

 水虫治療は凄まじい進化をとげたと言っても過言でない。テルビナフィン(ラミシール)の登場で、カサカサ水虫から果てはウェッティーなものまで、この特効薬のおかげで最近の水虫はなりを潜めることとなった。完治の難しかった爪水虫までもが、飲み薬が開発されてひとたまりもない状態だ。

 

 そんな水虫日照りの折も折、いまだに水虫に悩まされている男がいる。

 

 夏になるとまぁ足の甲まで広がって見るも無残なことになるので、こちらも見るに見かねて「今、良い水虫の薬あるよ」と言うのだけれど、「これは水虫ではなーいッ!」と本人は言い張る。いやいや、正真正銘の水虫だし、しかもかなり広がっているし。後日、水虫をこじらせて、一緒に行った旅行先で38度の高熱を出すことになったりした。その後も事あるごとに、ラミシールを薦めていたのだが「これは水虫ではなーいッ。ゴウさん菌だからそんじょそこらの薬では治らんのだッ」となぜか頑なにそして誇らしげにラミシールを拒んでいた。

 

そんなんで治す気あるんかい。30年近くの関係というからもう、共存関係だからとあきらめているのかと思ったらそうでもなかったらしい。とういうのも彼は鍼灸の学校に通っていて鍼の実習で素足を出さないといけないはめになったからである。

 

というわけで、冬場もちょっと元気なゴウさんの水虫もとい、「ゴウさん菌撲滅キャンペーン」を実施することとなった。冬場の弱っているときがねらい目だということで、ネットから引っ張り出してきた、リステリンと酢を混ぜた液体に足を浸し、ラミシールでとどめを刺すという治療法でいくことにした。

 

努力の甲斐があって、ゴウさん菌はあれよあれよという間に、ゴウさんの足の指の間にだけ生息することとなった。けれども、そこからが硬直状態。あれだけ拒んでいたラミシールで治せるものと思ったのか、根気よく塗るものの一向にゴウさん菌は立ち去ろうとしない様子。

 

これは暖かい季節になるとまた酷くなるのではと他人事ながら心配して、「もう一度ダメ押しで、リステリン酢やってみたら?じゃないと、『こんにちは!春になりましたね』ってゴウさん菌が出てくるよ」と言ってみたのだが、どうも面倒らしくラミシールを塗りながら、「まだここに居てるんよぉ」とぶつくさ言っているだけである。

 

彼にしてみれば、足の甲までズル剥けだったゴウさん菌が足の指の間にちょこっと残るだけの状態になり、ぱっと見は赤ちゃんの足みたいにきれいな肌になったことだけでも快挙なのだ。まぁ仕方がないな、他人の水虫のことまでそんなに心配することもないと思い放っておいた。

 

そんなこんなでもう6月になろうとしている。

 

どうやらまだゴウさん菌は健在らしく、「旦那、ここに居ますぜ」となかなか足指長屋から立ち退いてくれないらしい。「これはリステリン酢作戦だよ、もうこれ以上暑くなったら酷くなるよ」

という訳で、決戦は金曜の夜に行われることとなった。

しかし、金曜の夜はそんなことはすっかり忘れて吞み明かした。次の土曜の朝、ゴウさんの足の指の間から飛び出しているものが。

 

「拝啓 初夏の候、平素はひとかたならぬ御愛顧を賜り、ありがとうございます。その後如何お過ごしでしょうか」

 

 

 

彼らの夏がやってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 


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